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大阪地方裁判所堺支部 昭和40年(ワ)278号 判決

原告 高石市

被告 治村ミチヱ

主文

被告は原告に対し、別紙目録〈省略〉記載の土地につき、昭和二七年五月売買を原因とする持分九分の六の所有権移転登記手続をせよ。

被告は原告に対し、金一一五万円およびこれに対する昭和四〇年一二月一日から右完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告は主文第一項同旨および被告は原告に対し、金二三〇万円ならびにこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決ならびに右金銭給付部分につき仮執行の宣言を求めた。

被告は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求めた。

第二、請求原因

一、(一) 別紙目録記載の土地は、もと治村恒吉の所有であつたが、同人は大正四年一月九日死亡し、治村繁太郎が家督相続により、これが所有権を取得した、繁太郎は昭和二四年六月二〇日死亡し、被告はその妻である。

(二) 原告は昭和二七年小学校増設の要に迫られ東羽衣小学校を設立することとなり、本件土地を含めて合計五四八四、二九平方メートル(一、六五九坪)を買収し、代金の支払と引換に引渡をうけて、これが地上に校舎を建築し、昭和二八年開校今日に及んでいる。そして本件以外の土地については、すべて当時農地法上の転用許可申請手続を経て原告に所有権移転登記手続を了した。

(三) 別紙目録記載の土地につき、被告は原告に対し、被相続人繁太郎の共同相続人としては、自分の他、繁太郎の弟治村朝治、姉浅尾フサヱ、妹の子石原忠彦がいるけれども、これらは、すべて被相続人生存中に相当の財産分けを得て分家又は他家に嫁した者又はその子であるから本件売買については、一切を被告に委せている、仮りに何らかの権利を主張する者があつても、治村家の相続財産には他に土地が多くあるから、その分配の加減によつて、町には迷惑をかけないということであつたので、原被告間に売買代金は坪当り金五〇〇円、合計金一九万四、〇〇〇円、別に補償金一万五、〇〇〇円、右売買代金支払と引換に引渡をすること、代金支払後被告は速かに、府知事の農地転用許可をうけた上原告に所有権移転登記手続をする。この手続については、被告以外の相続人の関係については、被告が責任をもつて履行することという契約を締結し、昭和二七年五月末頃原告は被告に前記売買代金一九万四、〇〇〇円を支払つて本件土地の引渡をうけ、同年八月上旬前記補償金一万五、〇〇〇円を支払つた。

二、(一) 原告はその後被告に対し、何回となく所有権移転登記手続を催告してきたが、その都度被告は近いうちに履行するとの約束を繰返えすのみで年月が経過したところ、昭和三七年七月に至つて突如訴外治村朝治他二名は原告を相手方として堺簡易裁判所に調停の申立をし、本件土地の売買は訴外人ら三名の預り知らぬところであるから、その各九分の一の持分所有権にもとづき建物収去土地明渡を求める、と請求してきた、右調停は一年余に及び遂に不成立となつたのであるが、その間調停委員会より再三参考人として被告を呼び出したが被告は出席せず、訴外治村朝治らは、遂に原告(当時町)に対して建物収去土地明渡の本訴を提起するに至つた(堺簡易裁判所昭和三九年(ハ)第三三号)、原告は被告の協力を得られぬままに已むを得ず昭和四〇年一〇月六日訴外治村朝治他二名との間に、原告が同訴外人らに金二三〇万円を支払つて、その各九分の一の持分所有権移転登記手続をうける旨の和解が成立し、一〇月一九日右金額を訴外人らに支払い同月二八日訴外人らの持分所有権の移転登記手続を了した。

この間原告は右和解の前後を通じ、或は文書をもつて或は町長や吏員が被告を訪ねて委曲をつくして被告に所有権移転登記手続義務の履行を求めたのであるが、被告は、他の相続人が金を貰えるのに自分だけ只で、登記するのは均衡がとれない、という無茶な回答をして遂にこれに応じない。

(二) よつて原告は被告に対し、別紙目録記載の土地につき、既に訴外治村朝治他二名から移転登記をうけた残りである九分の六の持分所有権の移転登記手続を求めるとともに、被告の債務履行によつて原告が出捐を余儀なくされた金二三〇万円の損害賠償を請求する。

第三、被告の答弁および主張

一、原告主張事実中本件土地はもと被告の夫治村繁太郎の所有であつたが、同人が昭和二四年六月二〇日死亡し、被告および同人の弟治村朝治、姉浅尾フサヱ妹の子石原忠彦の四名がこれを相続し、右四名の共有となつたことおよび原告と被告との間に本件土地につき売買の交渉のあつたことはこれを認めるも、その余の事実はこれを争う。

二、原告と被告との間の売買交渉の経緯は、次のとおりであつて、原告の主張は事実に反している。すなわち

(い)  昭和二七年四月頃原告役場より被告に対し、本件土地売却方申出があつたが、被告は、本件土地には被告の外になお三名の共同相続人があり、被告の一存では売却することができないから、他の三名に対して原告から話をしてほしい、そうでない限り自分独りでは、何とも致方がないとて、原告の申出に応じなかつた。

(ろ)  その後同年五月二〇日原告側より重ねて売却するようにと、いつて来たが、被告はこの時も前同様の理由でその申出に応じなかつたが、原告側は土地代金だといつて金を被告の許に置いて帰つた、しかし被告としては、その金を受取るわけに行かないので六月二〇日頃町役場へ行つて金を返還したところ、役場吏員は「そうですか」といつてその金を受取つた。

(は)  しかるに、その後一週間ほどしてまた町役場より吏員が来て、是非金を受取つてくれといい、かつ領収書に捺印するようにいわれた、これに対し、被告は前同様本件土地には他に三人の共同相続人があるので、これらに対し、役場の方で話をつけてほしいと述べたところ、役場側では、他の三名に対しては、役場の方で話をつけることにする、とのことであつた、そして役場吏員は持つてきた金を出し、かつ領収書に印を押すようにとのことであつたので、被告としては、その言を信じ、印を吏員に渡し、代金は話をつけてくれるまで一応預つておくという意味で受取つた、渡した印を用いて吏員が持参した領収書に押したものと思うが、それにいかなる文言が書いてあつたかは知らされもせず、被告もよく見ていない。

以上が当時の原告側と被告との折衝の経緯であるが、右の領収書と思われる甲第六号証には、右の事実に反し本件土地は「拙者所有云々」となつて、被告一人の所有であるようになつているが、被告は前陳のとおり本件土地の処分については、他の三名からは何も委任されておらず、本件土地を被告の一存で処分できる立場になかつたものである。

(1)  従つて本証によつては、本件土地がそのまま原告に売却されたことを証することにならない。

(2)  しからば、被告の持分(九分の六)だけを被告が原告に売却したことになるかといえば、そのようなことは少しも文面に現われていない、当時被告としては、自分の持分だけを他の三人のものから離して売却するという考えは少しも念頭になく、従つて又そのような話は原告との間に全然していない。

三、以上のとおり、被告としては四人の共有である本件土地の売却については、原告側がその言のとおり他の三人に対し、円満に売買の話をつけるものと信じ、それまで金を預つておくという意味で受取つたものである。従つて本件土地については、原告と被告間に未だ正式の売買契約は成立していない。その理由は前記売買交渉の経緯からみても、原被告間に売買契約が正式に成立したものとは称し難いのみならず、売買契約が成立するためには、先ず契約の目的である財産権が具体的に確定していなければならないのに、本件はこれが確定していない。すなわち、本件売買は、本件土地が(イ)全部被告の所有に属するものとして、その所有権を原告に移転することを約したものなのか、或は(ロ)共有物であるが被告が他の共有者の持分をも含めて全体として売渡すことを約したものなのか、或は(ハ)被告が自己の持分および共有者の持分をそれぞれ独立のものとして原告に売つたものなのか、(ニ)被告の持分だけを売つたものなのか全く明らかでないからである。

四、原告の被告に対する金二三〇万円の損害賠償請求は全く理由はない。被告以外の三名の共有者から、原告を相手に調停の申立次いで訴訟の提起、和解となつて、原告から他の三名へ金二三〇万円を支払うことになつたのは、原告が最初他の三名の共有者に対し、話をつけるといつていたのに、一向にその交渉をせず、未解決のままの状態に放置していたため、そのような事態になつたのであつて、被告の債務不履行によるものではない。従つて被告に賠償の義務はない。

仮りに原被告間に本件土地につき民法第五六三条に規定されている売買契約が成立したとすれば、原告は悪意の買主たる地位にあるので、同条第三項により損害賠償の請求はできない。原告において、その主張する民法第四一五条の債務不履行の規定による損害賠償の請求が成立するためには、如何なる債務が存在し、債務者が如何にその債務を履行しなかつたかを明らかにしなければならないのに、原告の主張はこの点明らかでない。ただ漫然と債務不履行だといつて損害賠償を請求することは、全く根拠なきものである。いずれにしても原告の請求は失当である。

第四、被告の主張に対する原告の答弁

(一)  原告の主張に反する被告の答弁および主張、殊に(1) 原告と被告間の本件土地売買契約は成立していない、(2) 本件売買について他の相続人との関係については、原告側で交渉するとの話合いがあつた、との被告の主張はすべてこれを争う。特に右(2) のごとき話合いがあつたとすれば何故に物件全部に対する代金を被告が受領したのであるか、速かに相続登記の上自己の持分だけにつき、原告に所有権移転登記手続をし、爾余の分については、原告の方で勝手にせよといわなかつたのであるか、更に原告は本訴を提起するまでは、敢て金二三〇万円の損害を忍び、被告の持分だけの移転登記を求めたのに、これにさえ被告は応じようとしなかつたのである。このようなことは許されてよい筈がない。

(二)  被告は本件売買契約の際、原告に本件土地については他の相続人には権利がなく、被告の単独所有であるから登記手続はすべて被告において解決し、原告に所有権移転登記手続をなすとの旨約束した、それ故原告は被告に対し、物件全部に対する代金を支払つたのである。しかるに、その後長年月を経過するも、被告が、右の約定に基く義務を履行せず、ために原告が訴外治村朝治らから、建物収去土地明渡請求の調停の申立、つづいて訴の提起を受けたのであるが、この間原告は被告に対し、再三再四前記約束の履行を催促したにもかかわらず、被告からついにその履行が得られなかつたのである。このことは事実契約当時被告が主張したごとく被告の単独所有となるべきものであつたとしても、その後他の相続人がそれぞれ権利を主張したため、原告にその所有権移転登記手続をなすことができなかつたのであるから、それは所有権が売主に属するも登記名義人が他人の手に存するときは、なおこれを「他人の権利」と解すると同様民法第五六三条にいう「売買の目的たる権利の一部が他人に属する場合」に該当するものというべきである。

(三)  もつとも、右民法第五六三条の他人の権利の売買については担保責任による救済規定があるが、本件は被告が前記約束を履行しなかつたため、原告において他の相続人訴外治村朝治らの主張を認めなければならない破目になつて、やむを得ず同訴外人らに金二三〇万円を支払うのやむなきに至り、これを支払つたのである。従つて原告のこの出捐は正に被告の債務不履行によつて余儀なくされたものであるから、原告は被告に対しこれを請求する次第である。

第五、証拠関係〈省略〉

理由

成立に争いがない甲第一ないし第九号証同第一一号証同第一二号証の一、二同第一八、第一九号証、証人辻尾規矩彦の証言により成立を認めうる甲第一三ないし第一七号証、証人江野幸男の証言により成立を認めうる甲第一〇号証および証人浅野政雄同辻尾規矩彦同江野幸界同治村亀太郎の各証言、証人浅尾芳一の証言の一部(後記措信しない部分を除く)ならびに原告弁論の全趣旨を綜合すると、原告市(当時町)は人口増加にともない小学校増設の必要に迫られ、昭和二七年中に東羽衣小学校を設立することとなり、本件土地を含めて合計五四八四、二九平方メートル(一六五九坪)の買収に着手し、本件土地以外の土地については、すべて当時農地法上の転用許可申請手続を経て、原告に所有権移転登記手続がなされた、ところが、本件土地は被告の亡夫繁太郎の所有地であつたが、同人が昭和二四年六月二〇日死亡したため、その後被告が家業(農業)を引継ぎ本件土地を耕作していたので、原告は被告に対し、本件土地の買受け方を交渉したところ、被告は原告役場吏員に対し、繁太郎の共同相続人としては、自分の他、繁太郎の弟治村朝治姉浅尾フサヱ妹の子石原忠彦がいるが、これらはすべて被相続人生存中に相当の財産分けを得て分家または他家に嫁した者、またはその子であるから、本件土地は被告の自由になるものである。仮に同人らが、原告に売却したことにつき苦情を申述べるようなことがあつても、相続財産としては他にも相当のものがあるから、その分配の加減によつて町には迷惑をかけない、登記手続はその後に履行するとのことであつたので、原告は被告と売買代金は土地の引渡と同時に支払い、後日府知事の農地転用許可をうけた上、原告に所有権移転登記手続をする。この手続については、被告以外の相続人の関係については、被告が責任をもつて履行する旨の契約を締結し、昭和二七年五月末頃原告は被告に対し、代金坪当り金五〇〇円合計金一九万四、〇〇〇円(別に後日補償金一万五、〇〇〇円を支払つた)を支払うと同時に右土地の引渡を受け、全部の買収が完了したので、右土地を含む場所に校舎を建築し、昭和二八年四月に開校したのである。

ところが、その後被告において約旨の登記手続を履行しないので、原告はその吏員をして何回となく手続をするよう催告をせしめたところ、被告はその都度訴外治村朝治らが、もはや相続財産について取得分がないのに、その分前を請求し、放棄の印を押さないけれども、その問題がまもなく解決するから暫時猶予されたいとの言を繰返してきたが、前記土地引渡後一〇年を経過した昭和三七年七月に至つて、右訴外人らは突如原告を相手どり「本件土地に対する自己の持分各九分の一については原告に売却した憶えはないから、学校の建物を収去して土地を明渡せ」との調停の申立を堺簡易裁判所へなし、その調停が不調に終るや、訴訟を提起するに及んだので、原告は応訴したが、訴訟係属中裁判所の勧告を容れ、同人らとの間に金二三〇万円を支払い、同人らより各持分所有権の移転登記手続を受けることの和解をなし、各九分の一ずつの持分移転登記手続を受けたものであること、原告としては右訴外人らから、その権利を主張され、原状回復を求められても、もはや校舎を取り壊して、もとの状態に復することはでき難いことであり、また同訴外人らも本件契約後被告方にしばしば出入りし、本件地上に学校が建設され、永年学校の敷地として使用され、もはや原状に回復し難い事情を了知しておるのであるから、被告の協力さえ得れば、原告の主張が容れられて円満解決するものと考え、被告にその協力方を懇請したが、被告はこれに応ぜず、却つて従来の言明をひるがえし、右訴外人らと共同して、原告からの登記手続の請求を拒否したため、原告はやむを得ず右訴外人らに対し、金二三〇万円を支払い前記和解契約を締結せざるをえなくなつたものであること、および事実前記亡繁太郎の相続財産は、被告居住の家屋およびその敷地の外宅地二千数百平方メートル田約二千平方メートルが存在する(証人浅尾丑松の証言)のであるから、被告に誠意があれば相続人間における遺産の分割が円満になされ、原告に対する本件土地の所有権移転登記手続の履行は速かになされうる事情にあつたものであることはこれを認めることができる。証人浅尾芳一同浅尾丑松の証言中右認定に反する部分はこれを措信しない。他に右認定を左右する証拠はない。

事実は以上のとおりとすれば、本件売買は、被告は本件土地を全部自已のものとして、原告に売渡し、占有していた本件土地を引渡して代金全部を受領したのであるが、当時はもちろんその後も他の共同相続人との間において相続財産の分割が完了せず、他の共同相続人から本件土地について持分権を主張されたのであるから、右は民法第五六三条の売買の目的たる権利の一部が他人に属する場合に該当するものといわなければならない。そうすると、かかる場合他人に属する権利については直接履行の請求はなしえないけれども、買主である原告は売主である被告にその属する権利につき直接履行を求めた場合、売主被告はこれに応じなければならないことはいうまでもない。被告は持分を売買したものでないから、持分移転登記手続請求に応じられないと主張するが、その理由がないことは明らかである。

次に原告の損害賠償の請求の当否につき検討する。

売買の目的物である本件土地の権利の一部が他人に属しておつたがため、後にその権利を原告が、その権利者から取得するにつき金二三〇万円を支払つたことは、前叙のとおりである。

ところで、原告は被告と本件売買契約を締結するに当り、被告から本件土地は自己の単独所有になるものであると言われ、それを信じて契約をしたとはいえ、当時未だ相続財産の分割が完了していない事実を原告側が察知していたのであるから、原告は右売買時において、その権利の一部が被告に属していなかつたことを知つていたものといわざるをえない。本来右のような権利の一部が他人に属することを知つて買受けた買主に対しては、損害賠償請求権が認められていないことは民法第五六三条の示すところであるが、売主が売却した権利のうち足らざる部分を取得して買主に移転することができなかつたそのことが、売主の責に帰すべき事由に因つて発生したものであるときは、右民法第五六三条の規定によらず、同法第四一五条により買主に対してその被つた損害を賠償せねばならぬ義務があるものといわなければならない。

そこで本件をみるに、前記のごとく被告の亡夫繁太郎の相続財産には他にも相当のものが存在する故、被告において遺産の分割につき積極的な熱意を示しておれば、本件土地を被告の単独所有にすることは左程困難なものではなく、前記訴外人らの協力を得て、本件登記手続の履行をなしえたのに、被告は相続財産を独占しようとしたため、本件の原告に対する履行につき、前記訴外人らの協力が得られず、ついに原告をして前記金二三〇万円の出捐を余儀なくせしめたのであるから、右原告に対する義務不履行(一部の履行不能)によつて生じた損害は、被告の責に帰すべき事由によつて生じたものというべきである、しかも土地引渡しによつて学枚が建設されたのに、原告が被告から履行が得られず、右訴外人らからその権利を主張されて原状の回復を請求されるにおいては非常に困難な事態に遭遇するものであることおよび地価が騰貴しつつあることは、被告においてたやすく察知しえられたのであるから、その損害の発生も、当然予想しえたものというべきである。従つて右原告の損害につき被告に責任があることは明らかである。しかしさりとて右金員全部を被告に負担させることは相当でない。なぜならば、右の損害額すなわち前記和解金は、和解時における本件土地の価格が考慮され、それに双方の譲歩によつて決定されたものであろうことは、これを窺知しうるところ、土地の価格は本件契約締結後著しく高騰しつつあつたのにかかわらずその後一〇年以上も登記手続を放置してきたため、その金額を増大せしめたのであつて、もし原告が早期にしかも積極的に法的手段を採つていたならば、右のような多額の損害には至らなかつたであろうことも、また疑いのないところである。そうだとすれば、原告において、その損害の増大を防止しえたにもかかわらず、これを防止しなかつた、そのために生じたそのものまで被告に負担せしめることは信義則上相当でないので、原告にもその損害の一部を負担させなければならない。結局前記損害の発生につき原告にも過失があつたとみるべきであり、その過失は被告の過失と相殺してしかるべきものである。

しかして右の責任は原被告に差等をつけるべきでないと考えられるので、被告が原告に支払わねばならぬ損害額は金一一五万円を以て相当であると認める。

よつて原告の請求中被告に対する持分移転登記手続と右認定金員およびこれに対する本件訴状が、被告に送達された日の翌日であることは、本件記録に徴し明らかな昭和四〇年一二月一日から右支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるので、これを認容するも、その余は失当であるから、これを棄却し民事訴訟法第九二条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 依田六郎)

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